なかなか寝付けなかった詩は、それでもいつしかトロトロとまどろみ始める。

仁丸の手前、出そうになるため息を何度も飲んだ。

ぐるぐる頭の中をまわるのは、何故かあの信継の姿だ。

暖かな肌とーー父に似て低い、安心できる声。
見上げるほど大きな上背と、逞しく鍛え上げられた信継のーー

ニカッと屈託なく笑う、豪快な笑顔。
太陽のように明るい、笑い声。

『好きだ』

まっすぐ伝えられた言葉。
強くて、まっすぐな、方だ。

「…」

またーー出そうになるため息を押し殺す。
なぜ、こんなに浮かぶのか。
どうしたのか、自分でも不思議だった。

ーーわからない…

高島でのことは、いつか忘れる。
私は、こことは関係ない世界で、生きていく…。

「…」

詩はいつの間にかカラダに入っていた力をゆっくり抜いた。

「…」

それから、意識的に眠りに落ちて行く。

ーー今は、何も考えたくないーー



夜半。詩の寝息が規則的に微かに聞こえ始める頃。

仁丸は、ゆっくり目を開き、まっすぐ天井を見つめた。

「…」

カラダを横向きにし、そっと詩の方を向く。

美しい詩の横顔。

ーー豊かな髪の生え際から、おでこ。
きれいな眉に、伏せられた瞳の、長いまつ毛。
スッと通った鼻。
可愛い、唇。
桜には、ところどころ、まだまだ、子どもっぽさが残る。

女子はきれいなものだ。
桜は、とてもきれいだ。
こんなに桜が欲しいのは…『きれいだから』だけではない。
だけど、ホントにきれいだ。こんなにも惹かれる。
心でも。疼く、カラダでもーー

仁丸の喉が鳴る。

あの夜、天から僕の上に落ちて来た。
ふわふわと柔らかで透けるように白くて、しなやかな肢体。
あれは、運命だった。

桜は、僕のものーー


ーー『なんでまだ抱いてないの?』

ーー『僕たちはまだ若いし、僕は先を急いではいません』


仁丸の指先がピクンと跳ねる。

「…」

手を伸ばせば、届く距離。

褥からにゅっと伸ばした腕で、冷たい畳に触れる。
詩の褥まで、あと一尺。

愛しい女子が、同じ部屋の、隣の褥で寝ている。

無防備にーー

抱こうと思えば、いつでも。
女子の力は弱い。
経験のない自分だって、爺から『ものの本』を使った手ほどきは受けている。
どうすればいいのかは、わかっている。

父は常々息子たちに言った。
『女子は愛でて、抱いてやらなばいかん。一度でも抱けば、惚れる。変わる。それが女子だ』ーーと。
自分にはまだよくわからないが、経験豊富な父上が言うなら、そういうものなのだろう。

ーー桜を一生涯愛したい。
そばで、共に生きていきたい。
誰にもわたしたくない。
何の心配もなく、自分のものだという確信が欲しい。

「ーー…」

仁丸の脳裏に、さっきの詩の表情が浮かんだ。

ーー信継兄様に、2日通う女子がいると聞いた時、桜は。
傷ついたような、自分でもよくわからないけど、とでもいうような、そんな複雑な顔をしていた。あんなに気持ちの滲み出た桜の顔は初めて見た。

桜、あなたはーー

まさか、あなたの心には、兄上が?
信継兄様がいるんですか?

もう既に…?

信継兄様は確かにカッコいい。
僕だって憧れています。
嫡男だし、未来の高島を率いる後継ぎだし、
信継兄様は何だってできる。
腕も強い。すでに天下に名を連ねる剣士で、とても、強い男です。

でもまさか。桜。そんなわけはないですよね。

仁丸は額に手を当てる。
それから、詩を見つめる視線を鋭くした。

ーー絶対、ダメです。

僕は、許しません。

桜は僕のもの。

兄上に譲る気なんてありません。

明日朝には僕たちは戦に出る。

ならばーー僕はーー

もう、『褒美』をくださいなんて、ぬるいことは出来ないーー

仁丸のカラダがたまらなく熱を持ち、息が上がり、心の臓が激しく脈打ち始めた。

音を立てないように、掛布をそっとずらす。

同じ部屋。

隣に敷いた褥。

ーー桜は初めから僕の『寵姫』だった。

紳士的な約束も何もーーもう、無理です。

あんな顔を見たら、もう…

桜。

決めました。

あなたを今宵…僕のものにします。

ーーだから、逃げないで。

僕を、そのカラダに受け入れて。

僕はあなたとーー1つになる。